2011年12月1日木曜日

末期大腸がんの治療指針

末期の大腸がん、治療法増える

 病気が進行して思うような医療が受けられなかった末期の大腸がんの治療に、光明が見え始めた。がん細胞だけを攻撃する新薬が登場し、患者の平均的な余命が延びてきた。患者の病状や希望に合わせた最適な治療もできるようになり、治療の選択肢が広がっている。

 「手術できない大腸がんの患者にとって、生活の仕方の希望に合わせて治療法を選べる時代に入ってきた」。防衛医科大学校病院でがんの化学療法治療を手がける市川度・腫瘍化学療法部副部長はこう話す。

 がん細胞をたたく抗がん剤は、どんな薬でも副作用をまったくなくすのは難しい。教員を務める中年男性は、黒板に字を書くため指にしびれがでるのが嫌だっ たので、比較的副作用の弱い5―FUという薬とベバシズマブというがんを狙い撃ちする分子標的薬の組み合わせを選んだ。臨床試験の結果などからわかってい る生存期間はほかの治療法より少し短いが、仕事を続けながら治療する道を選んだという。投薬開始から1年以上たったが、元気で体調に大きな変化もないとい う。

 一方、母親の代わりに高校生を育てる60歳代の女性は少しでも長生きできる治療を希望。効果・副作用ともやや強めの「フォルフィリ療法」とセツキシマブ という薬の組み合わせを選んだ。「フォルフィリ療法」は、5―FUとイリノテカンなど3つの薬を併用する方法。セツキシマブは分子標的薬のひとつだ。発疹 や倦怠(けんたい)感などの副作用に悩まされているが、転移したがんは小さくなり経過に満足しているという。

 「単に生存期間の長さだけでなく副作用や効き方などをよく説明し、患者の過ごし方の希望を踏まえて選択した」と市川副部長は話す。

 このように選択肢が広がった背景には、手術できない大腸がんの治療法の急速な進歩がある。10年弱前まで生存期間はせいぜい約1年だったが、5―FUと オキサリプラチンやイリノテカンといった抗がん剤を組み合わせる「フォルフォックス療法」や「フォルフィリ療法」の普及により延びた。

 さらに2007年以降、がん周囲の血管やがん細胞だけを攻撃する分子標的薬3つが相次いで使えるようになり、組み合わせによって平均的な生存期間は2年 近くになった。10年に発表された最新の臨床試験ではセツキシマブと「フォルフィリ療法」を組み合わせれば23カ月を超えるという結果も出ている。現在、 日本の大腸がんの治療指針でも、5通りほどの治療法が提示されている。

 ただし、問題も表面化している。大阪大学の佐藤太郎准教授は「治療法が増えた分、どれが患者自身にとって良いのか判断しにくくなっている」と指摘する。

 手術できない大腸がん患者といっても、状態は同じではない。肝臓や肺に転移したがん組織が大きくて痛みなどの症状も出ている場合と、転移したがんは小さ くて症状もない場合では、治療法は違うはずだ。だが実際はかなり多くの患者がフォルフォックス療法とベバシズマブを最初に受けている。しびれなどは出やす いものの、下痢や脱毛、倦怠感などが比較的少なく、医師側も使い慣れており安心して薦めやすいからだ。

遺伝子検査も効果

 転移がんが大きい人に、強めのフォルフィリ療法とセツキシマブの組み合わせなどを使えば、がんを手術できるまで小さくできる可能性もある。実際、肝臓に 転移したがんを小さくしてから手術を実施する患者も出てきている。「逆にがんの進行の遅い高齢者などは、できるだけ副作用が少なくゆるやかに効いていく抗 がん剤の組み合わせが楽なのではないか」(佐藤准教授)

 セツキシマブなどを使って治療効果が上がる可能性があるのは、がん細胞の中で増えろという信号を送るたんぱく質が変化していない6割の患者に限られる。事前の遺伝子検査で効きにくい薬の投与を避け、無意味な副作用に苦しむリスクを減らすこともできるようになった。

 日本では毎年10万人を超える人が新たに大腸がんと診断されており、胃がんに次いで多い。治療法が増えたことで、患者が自分の生き方を見据えて治療法を選ぶきっかけになるかもしれない。

2011年9月30日 日本経済新聞