2011年10月27日木曜日

肺がん治療に奇跡の新薬

日本発の基礎研究が結実
肺がん治療に奇跡は起こるか
ALK阻害剤─分子標的薬

 いまや、がん治療の主役に躍り出た分子標的薬。力を発揮するには「標的」の絞り込みが鍵を握る。がん特有の遺伝子変異が生み出す分子であること、その働きを封じることでがん細胞に致命的なダメージを与え、正常細胞には影響が少ないことが条件だ。最も成功した例は一部の血液がんに特有の遺伝子変異によるBcr‐Ablタンパクで、これを標的とするイマチニブは慢性骨髄性白血病の治療成績を一変させた。

 一方、より複雑に発症因子が絡む固形がん(一般的な臓器がんなど)では、それ一つですべてを決定づける遺伝子変異と標的があるとは考えられず、分子標的薬の限界を噛み締める日々が続いた。しかし2006年、自治医科大学ゲノム機能研究部の間野博行教授(当時)らのグループが世界で初めて、一つの「標的」で固形がん消滅が期待できる変異と分子を発見したのだ(07年、「ネイチャー」誌発表)。

 その標的はEML4‐ALK。一部の肺がんに存在する遺伝子変異が生み出すタンパクで非常に強力ながん化能を持つ。実際、人為的にEML4‐ ALKを作るように操作されたマウスは、わずか生後数週間で肺がんを発症する。つまり、肺がんの本質的な発症原因であることが証明されたのだ。ヒトのEML4‐ALK陽性肺がんは肺腺がんの約5%に認められ、若年者、女性、非喫煙者に多い。

がぜん製薬企業の反応は素早かった。論文発表の翌08年、ファイザーが他の標的を狙って開発していた化合物の対象を急きょALK陽性肺がんに切り替え、臨床試験を開始。その結果、82例中1例が完全奏功(病変が100%縮小)、46例が部分奏功(50%以上縮小)、奏功率57%という劇的な効果が確認された。今年5月にはこれまでの試験結果を基に日米同時の承認申請を行っている。また現在、初めからEML4‐ALKを標的に開発された、いわば第二世代のALK阻害剤5種類が臨床試験に入っている。

 肺がんは切除不能進行がんで発見されることが多く、治療を薬に頼らざるをえない。日本の基礎研究が、一部とはいえ肺がんの特効薬として結実する日が待たれる。

2011年10月24日 週刊ダイヤモンド   井手ゆきえ [医学ライター],-