2011年8月3日水曜日

母乳感染がんウィルスを予防する方法

かつて九州地方で“風土病”と恐れられた血液のがん
母乳の授乳制限で防げることがわかってきた

血液のがんの一つに成人T細胞白血病/リンパ腫(ATL)という病気 がある。年間の発症数は約700例と多くはないが、治療が難しく、多くの患者が亡くなる病気だ。実はこのATLの原因は、HTLV-1というウイルスで、 最も多い感染経路が母乳による母子感染であることがわかってきた。母乳を飲ませないことで、乳児のウイルス感染をある程度防ぐことができるのだ。そこで、 昨年10月には厚生労働省は、妊婦健康診査の項目の一つに「HTLV-1抗体検査」を追加した。母親がHTLV-1を持っているかどうかを検査し、必要に 応じて授乳制限することで子供への感染を防げる環境が整ったといえる。ATLとは何か、なぜ授乳制限が有効なのか。

現在、骨髄移植以外に 治療法のない難病

白血病には、様々なタイプがあるが、その中の一つが成人T細胞白血病(ATL)である。ATLは、HTLV-1というウイルスが原因で、国内の患者数は約2000人、年間の発症数は700人とされる。

ATLの最大の特徴は、きわめて予後が悪いこと。長崎大学医学部産婦人科の増﨑英明教授は、「1996~2000年に発症した患者の5年生存率は、男性が約22%、女性が約17%。残念ながら、今のところ、ATLは骨髄移植以外の治療法がない」という。

HTLV-1が原因とはいえ、HTLV-1に感染してもATLを発症しない人の方が圧倒的に多い。HTLV-1に感染しているが、ATLを発症していない人を“キャリア”と呼ぶが、キャリアのうち、ATLを発症するのは2.5~5%に過ぎない。

また、HTLV-1キャリアは地域に偏在しており、かつては沖縄や鹿児島、宮崎、長崎県に多かったために“風土病”として扱われたこともあった。しかし、近年、人口の流動化によって、都市部でもキャリアやATL発症者が増えている。

HTLV-1の感染経路は主に3つ。一つは輸血や注射針の使い回しなど血液を介したもの、二つ目が性交感染、三つ目が母から子への感染だ。

輸血の際にはウイルスのチェックをしているため、現在は国内での輸血などによる感染はほとんどない。また、ATLは、感染から発症までに50~60年という長い潜伏期間があり、ある程度の年齢になってからの性交による感染で発症した例はない。

つまり、ほとんどのATLの発症は、母から子への母子感染によるものである。中でも母乳を介した感染が主な経路と考えられている。

昨年10月から公費負担による 妊婦健診の項目に

「母乳には、ウイルスに感染したリンパ球が含まれており、これが感染の原因となる。実際、長崎県でHTLV-1キャリアの妊婦さんを対象に行った調査で は、人工乳しか飲ませなかった子供でHTLV-1キャリアになったのが2.4%だったのに対し、6ヵ月未満母乳を授乳した子供では8.3%、6ヵ月以上母 乳を与えた子供がキャリアになった率は20.5%だった」と増﨑教授は説明する。なお、人工授乳でも2.4%で感染が起こってしまうのは、分娩時の産道な どでの感染が原因と考えられている。

このように、妊婦がキャリアでも母乳をのませないことによって、子供への感染を97%以上防げることから、厚生労働省は、昨年10月から公費負担となる 妊婦健康診査の項目の一つに「HTLV-1抗体検査」を追加した。これは、血液検査でHTLV-1キャリアであるかどうかを調べる検査で、妊娠30 週ごろまでに行う。

一方、「この検査の難しさは、妊婦が自分がキャリアだとわかることによる精神的な苦痛にある」と増﨑教授。これがもとで夫婦関係や縁戚関係などの家族関係が悪化することもあるからだ。

そうした問題をはらんでいるものの、この検査でHTLV-1の子供への感染を防げることを考えれば、大切な検査といえるだろう。しかし、母親にとって母乳の授乳は特別な行為であるとともに、母乳に含まれる様々な抗体が、乳児の免疫を強くするという面もあるため、母乳を捨てがたいという人も少なくない。

その場合には、一度母乳を凍結させてウイルスを破壊した上で、温め直して与えるという方法や、多少リスクは上がるものの、最初の3ヵ月だけ母乳を与えるという選択肢もある。

なお、現在はATLの治療法が確立されていないが、今年4月には協和発酵キリンが開発中のATLに対する医薬品の国内医薬品製造販売承認を厚生労働省に 申請した。これは、ATL細胞表面にあるタンパク質に結合する抗体を使った抗体医薬だ。今後はこうした医薬品の承認でATL治療の幅が広がると考えられ る。

2011年8月3日 DIAMOND ONLINE